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PCの続き

■2台目  自作機 ( AMD K6-2 300MHz)

これまでの経緯から次もNECのPCとなるところだが、
ちょうどそのころ「PCを自作する」という手法が広がりはじめており
 カスタマイズ性もさることながら価格面でのメリットが大きかったため、
検討の結果、自作することとした。

更新にあたり40万円以上した現在のPCを5年足らずで放棄することなるわけだが
 (周辺機器も含めれば投資額は80万円近くになっていたに違いない)
購入してくれた親には申し訳なくて、
とてもではないが「新しいものを買ってくれ」とはいえなかった。
 
しかしながら当時高校生だった自分には、
 10万を超える資金を用意することは難しく
クレジットカードなども当然持てなかったわけで
細かい単位で構成部品を少しずつ調達できる「自作」は
分割払いで部品を購入しているようなものでとても都合がよかった。

実際に部品もいっぺんに購入することはなく
少しずつ集めてたり、知り合いに型落ちの部品を安く譲ってもらったりして
苦労して作り上げたのが 以下のスペック
CPU AMD K6-2 300MHz ( Running at 350MHz) 新規
M/B ASUS P5A - L2 Cache 512KB 新規
Chipset Acer Labolatories Inc.  Alladin5 - AGP/FSB100MHz/ATA33 新規
Memory SDRAM 64MB PC100 新規
Graphic Sparkle VGA Card - S3 ViRGE DX 4MB 友人から安価で買取
HDD MELCO DNA540A(Conner 540MB IDE)
→ IBM DTTA-351010 10.1GB UltraATA33 5400rpm
PC-98より流用
→新規
ODD NoBrand CD-R/RW Drive - R4/RW4/Read12   新規
FDD 3Mode Floppy Disk Drive 新規
Case Middle Tower ATX 250w 新規
MONITOR NEC PC-KM151 MultiSync 15inchi PC-98から流用
OS Microsoft Windows98 Second Edition 新規

pentiumをすっ飛ばして、いきなり互換CPUからスタート。
これをきっかけにこのあともAMD製CPUばかりを渡り歩くことになる。

前のPCとくらべ単純計算で
クロックは3倍、メモリ2倍、HDDに至っては20倍になった
 
これらのパーツの中で最後に買ったのはCD-ROMドライブだった。
というのも、PC-98で使用していたパーツで使えるものはそのまま流用して
初期投資を抑えるべく、CDドライブも流用を想定していた。
(当初買う予定はなかった)
 
PC-98で使用していたCD-ROMドライブは外付けとはいえ、
内蔵用ドライブを外付けケースに収めたような構造になっていたため、
ケースからドライブを取り外せばそのまま取り付けられると踏んでいた。

が、結果は失敗。
利用できるインタフェースが異なっていた(SCSIとIDE)ため接続できなかったのだ
(知識や経験が不足しており、事前調査が不十分だった)

取り付けようとするまでにその事実に気づかず
すべて部品がそろって、さあ組み立てといった段階で判明しただけに
ショックも大きかった。
 
予算もCDドライブ無しを想定して組んでおり
もはや投資できる余力もない。
 
ここまで部品をそろえたのに構築が完了できず。
CDドライブがなくとも稼働はするが
OSのインストールが不可で使い物にならないため
資金が確保できるまでしばらく放置することとなる。
(CDドライブ以外は組み立ててケースに収めたまま保管)

ちなみにHDDはIDE方式ということもあり流用に成功した。
IDEとはいえPC-98独自仕様にカスタマイズされていることも懸念されたが
たまたま使っていた98が、IBM互換機仕様を一部取り入れていた機種だったため
殻(ドライブを固定するフレーム)を割れば問題なく流用できた
 (もちろんフォーマットしないと使えないが)

■流用できた部品
HDD
モニタ
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パソコン通信の開始

専門誌などを読み漁るうちに
スタンドアロン利用では物足りなくなり
パソコン通信に興味を持つ。

親と調整を重ね、やっとのことで通信モデムを導入(1993年ごろ)
当時最先端の14400bps対応だった(aiwa製 PV-BF144)
モデムに付属していたイントロパックを利用してNIFTY-Serveに加入。
料金はクレジットカード払いのため親名義で登録。
用途は主にフリーソフトのダウンロードで、掲示板やメールなどはほとんど利用しなかった。

当時費用は、電話料金とは別に接続料が発生し、
通信速度によってレートが異なり、従量制で割高だった(9600kbps以上で1分20円)
電話料金+接続料で考えると、最低3分70円はかかる。
うちの場合は田舎で、接続先(アクセスポイント)が市内区域になく
隣の区域(市外)となり、電話料金が割高となった(合計3分80円)

1回あたり1時間前後利用すると、1600円もかかってしまう。
費用は当然親が負担するため、怒られないように利用するには月に数時間が限界だった。

その後、インターネットが利用され始めNIFTYでも接続サービスが始まった。
パソコン通信に比べると、やり取りするデータが激増(通信に時間がかかる)するようになり
月数時間の接続では物足りなくなっていた。

費用をなんとか抑えようと、あれこれ検討を重ねた。
広告を表示することで料金無料となることが話題になったHypernet社のHotCafeを試したり
電話料・通信料込のDDIのDIONを使ってみたりと
当時は接続プロバイダがころころ変わっていた。

いろいろ試した結果、使用していたワープロソフト「一太郎」を開発していた
ジャストシステムのプロバイダサービス(Justnet)に落ち着いた。
月額500円でメールとホームページ作成ができて、接続料は1分6円と割安だった。
また、接続料金がクレジットカードだけでなく口座振替も使えることは価格以上の魅力だった。

これにより接続料金部分の負担を親から切り離すことができるようになり、
親の目を気にしながら使っていた状態から、ある程度解放された。
(1時間当たりの接続料は NIFTY1200円からJustnet360円+固定500円へと激減した)

電話料金定額制の「テレホーダイ」のサービスが始まると、
我が家でもなんとか導入できないかと画策する。
Justnetのアクセスポイントは当時市外にしかなく
テレホーダイの市外プラン(月額3600円・夜23時~翌8時まで定額制)を選択せざるを得ない
状態であるが、定額であることを親に必死にアピールしてなんとか導入にこぎつけた。

そこからは、深夜定額ということで夜更かしの日々が続く。
テレホーダイの利用者が増えてくると、テレホーダイ開始時間の23時となると
利用者が一斉に接続を開始し、なかなかつながらない状態になった(話中となる)
毎日、回線の争奪戦が行われていた。
 
電話料金が定額化したことで、こんどはプロバイダ接続料の従量制をなんとかしたくなった。
このころになると、接続料金定額制のプロバイダも多数出現しており
費用もだいたい似たり寄ったりだったため、
アクセスポイントが市内にあるものを探していたところ、
日本テレコムのODNが候補に挙がった。
さすがに電話会社だけあって、アクセスポイントが地方にも多数設置されており
我が家がある地区にも設置されていることが確認できたため、乗り換えを決めた。
これでプロバイダ料金は定額月1980円へと安くなった
(テレホーダイも市内プランに変更し、電話料金も月額1800円になった)

PC側の技術的な問題により、モデムを変えても、
通信速度をこれ以上あげることができないため
速度についてはしばらく現状維持の状態が続く。

高校に進学し、自作PCで環境を一新した頃にISDN回線への変更を検討する。
ISDN(INS64)では基本料金とテレホーダイの定額料がアナログ回線より高くなることと、
接続用の機器(DSU/TA)を購入する必要があり、親の説得には時間がかかった。
64kbpsの高速通信や、インターネット利用時も電話が利用可能な点(2回線)をアピールし
導入に至った。

その後、時期は定かではないが プロバイダを niftyに戻している。
メールアドレスの維持だけの契約になったり、光接続サービスなどの利用を経て
現在も契約中。何だかんだでniftyとは20年近くの付き合いとなっている。

2000年に入り、常時接続が話題になったころに我が家も検討を行ったが
ISDNとは異なり、サービス提供地域が大都市のみとなっており、
地方へ展開されるのは相当時間がかかることが予想された。
しばらくは無理だろうとあきらめていたところに
YahooBBが全国各地でサービス提供予定との情報が入り、急きょ情報収集を開始。
NTTですらサービス開始未定のわが街にあっても提供を予定とのことで申し込んだものの
音沙汰無し。
初期のYahooBB問題は説明するまでもないと思うので割愛するが
我が家も、しばらく連絡もなく放置される状況が続いた後、たしか1年ぐらいたって
ようやくサービスが提供されたと記憶している。
幸いアナログ回線に戻しても電話番号が変わることもなく、切り替えができた。
下り速度8Mbpsのサービスで、
電話交換局から3キロぐらいあるが3~4Mbpsのスピードが出ていて快適に使えるようになった。




プリンタについて振り返ったので、今度はPC

■1台目  NEC PC-9821As/U2

モニタをつけただけで、ほかのオプションは一切なしで購入
それでも価格は40万円を超えていたはず。
ほんと何にもついていない。HDDですら。
 
最初は標準仕様で遊んでいたが、
その後、あれこれ機器を追加して目一杯性能を引き上げた。

購入時
商品名 PC-9821As/U2
メーカー 日本電気(NEC)
CPU インテル i486DXプロセッサ 33MHz
メモリ 3.6MB(標準)
グラフィック 640x480 256色 / 640x400 16色(標準)
ドライブ 3.5インチ フロッピーディスクドライブ x 2(3モード対応)
モニタ NEC PC-KM151 15インチ マルチシンクCRTモニタ
購入日

1993年 第一家庭電器


最終仕様
CPU AMD Am5x86-P75 133MHz
(メルコ製CPUアクセラレータ EUA-QP0M)
メモリ 3.6MB(標準) + 32MBくらい?
(メルコ製CPUアクセラレータ EUA-QP0M上に増設)
グラフィック ICM GI-5434 VRAM2MB
Cirrus Logic CL-GD5434搭載 (Cバス経由)
ドライブ メルコ 内臓IDE HDD DNA540(Conner製CFA540A)
メルコ 外付SCSI CD-ROMドライブ CDS-E 2.2倍速
ICM 外付SCSI PD/CDドライブ PDR-650N
拡張カード メルコ SCSI-2 I/F IFN-SC(ハーフピッチ50pin)
メルコ ビデオキャプチャボード CBN-B
通信機器

NEC Aterm IT60/D ISDNターミナルアダプタ DSU付

音声

Roland SoundCanvas SC-55T MIDI

その他

フラットベットスキャナ NEOSCAN

ソフトウェア

Microsoft Windows 98
MS-DOS6.2
Microsoft Office95
JustSystems 一太郎7

最初はPC付属のデモンストレーションプログラムで遊んでいた。
そのうち、何をするにもOSがなければどうにもならないことを悟り
MS-DOS ver3.3Dを購入。そしてすぐにMS-DOS ver5.0Aにしなかったことを後悔する。
(結局 後でMS-DOS5.0Aも追加購入)

HDD購入のタイミングでNEC版Windows3.1も購入した。
メディアはFDで20枚以上あってインストールが大変だった。

 Windows95~98時代にあっては、IBM互換機の波が押し寄せ
ほどなくして、NECが互換機PC-98NXを発表した。

5年近く付き合ってきたPCも、性能向上の余地がほぼ無くなっており
抜本的な対策が必要となっていた。

過去のプリンタを思い出してみる

今回のプリンタ買い替えで4台目

■1台目 Canon BJC-600J  リンク
1994年
初めてパソコンを買ってしばらくして購入した初のプリンタ
メーカーWebサイトには標準価格79800円とあるが
発売当初は12万だったはず。
今から考えるととても高価ですが、
本格的なカラーインクジェットプリンタが12万円はというのは画期的。

もちろん自分で買えるわけもなく(当時13歳)
父を何とか説得し購入(たしか一緒にPC用内蔵HDDも購入したはず)
さすがに定価では買ってないが、8万ぐらいはしたはず。

手軽にカラー印刷ができるようになったうれしさのあまり、
しばらくの間、稼働率が高かった。
そのためかメーカー保証が切れたあとにトラブルが発生し
1度修理に出している。
廃インクタンクがいっぱいになったとか、たしかそんな症状だったと思う。
 
   
■2台目 Canon BJ F600  リンク
1999年
あまり記憶に残っていないが、
BJC-600Jの後継ということで買ったはず。
故障による交換だったはず。
・・・はず。
まだこの時代のプリンタは、パラレルI/Fが標準
USBはごく一部かオプション装備。
画質とスピードが劇的に向上。
当時キヤノンが他社(エプソン)におされていて、
激しい競争により飛躍的に性能が向上していた時期だったようと思う。
  

■3台目   Canon PiXUS F860i リンク
2003年12月

かろうじて残っていた当時のblog記事のバックアップから
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2003年12月2日
プリンタが壊れました。電源は入るのですが印刷を受け付けてくれない。

「エラーが発生した」の一点張り。
(中略)
年末ということもあり、何かと利用する機会が増える時期に
こんなことになってしまって困りましたが、
このままではヒジョーにまずいので、
急遽、新しいプリンタを調達することにしました。
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BJ F600の印刷部分の故障。電源は入るんだけど印刷できないってやつね。

860iにはCD-Rのレーベル面印刷がついていて重宝した。
印刷品質が一定のレベルに達し、付加価値競争にシフトしていた時代の製品。

プリンタを買い換える

普段使わないものって、使いたいときに役立たないことが多い。

書類を印刷しようと数ヶ月ぶりにプリンタを立ち上げたところ
調子が悪い(品質が悪いというかほとんど色が出ていない)

インクのせいかと、カートリッジを変えてみるが状況が逆に悪化した。
(電源を入れて印刷をかけるとエラーで動かなくなった)
 
■現在のプリンタ

Canon PiXUS 860i (2003年発売)
Webサイト

どうしても印刷したい書類のため、仕方なく買い替えを検討する
大学生のときからの付き合いだから、実に10年以上ぶり。
十分元はとったか。

とはいえ、出力頻度は相当減っているのであまり投資はしたくない。
でも、今回も長いこと使っていくだろうから印刷するだけの機能もつまらない

費用面から、単機能の廉価機(Canon IP2700 / amazon価格3780円)も検討したが、
今は複合機が主流のようで、ちょうど新機種発売の時期とも重なり
 型落ちモデルが超激安。
メーカーの商品情報とにらめっこしながら、
特に型落ちでも問題なさそうなのでこれに決定した。
   
■今回購入したプリンタ

Canon PiXUS MG6530 (2013年発売)
http://cweb.canon.jp/pixus/lineup/allinone/mg6530/

現行の後継機は、MG6730だが
ハードウェアの仕様はほとんど変わらないようだ。
価格はMG6730が2万円弱。
型落ちだが似たような機能のものが半値で手に入ったので満足。
まだ使ってないけど。
商品名 Canon PiXUS MG6530
メーカー キヤノン/キヤノンマーケティングジャパン
価格 9,617円
購入店 amazon.co.jp
購入日 2014/10/18